くらき人の、人を測(ハカ)りて、その智(チ)を知れりと思はん、さらに当(アタ) るべからず。 拙(ツタナ)き人の、碁(ゴ)打つ事ばかりにさとく、巧(タク)みなるは、賢(カシ コ)き人の、この芸におろかなるを見て、己(オノ)れが智に及ばずと定めて、万(ヨ ロヅ)の道の匠(タクミ)、我が道を人の知らざるを見て、己れすぐれたりと思はん 事、大きなる誤りなるべし。文字(モンジ)の法師、暗証(アンシヨウ)の禅師(ゼン ジ)、互(タガ)ひに測りて、己れに如(シ)かずと思へる、共に当(アタ)らず。 己れが境界(キヤウガイ)にあらざるものをば、争(アラソ)ふべからず、是非すべか らず。 ※ ばか者が、人を推し量って、その能力の程度を知ろうとしても、わかりっこない。 愚か者のくせに、碁だけは理解し、上手だからと言って、教養はあるが、碁が下手な人 を見て、自分より劣っていると決めつけたり、あらゆる分野の専門家が、自分の分野に ついて人が詳しくないのを見て、自分の方が優れていると思うなんてことは、大きな間 違いだ。読経ばかりの僧と座禅ばかりの僧が、互いを評して、自分より劣っていると 思ったのなら、どちらも何も理解していない。 自分と違う分野の人と、比べてはならない、優劣をつけてはならない。 ※ 「ご隠居はん、エリート意識というやつですかね。」 「あぁ...そこまで飛びますか。」 「違うのですか。」 「それは、優越する気持ちの出方でしょ。例えば、他人を見下すのではなく、責任感を 感じるべきってことでしょう。」 「はぁ。」 「この段はそこまで言ってないのではないかな。単に自分と他者を理解しなさいと、そ の程度ではないかな。」 「ふむ、なるほど。人を一面で理解するな、ですか。」
2010/03/13(Sat)
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