週刊徒然草

〜 ご隠居はんとありおーの徒然草 〜

 

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第五十九段 大事を思ひ立たん人は
 大事(ダイジ)を思ひ立たん人は、去り難く、心にかゝらん事の本意(ホンイ) を
 遂げずして、さながら捨つべきなり。「しばし。この事果てて」、「同じくは、かの
 事沙汰(サタ)しおきて」、「しかしかの事、人の嘲(アザケリ)りやあらん。行末
 難(ユクスヱナン)なくしたゝめまうけて」、「年来(トシゴロ)もあればこそあ
 れ、その事待たん、程あらじ。物騒(サワ)がしからぬやうに」など思はんには、え
 去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。
 おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期(イチゴ)
 は過ぐめる。 
 
 近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ。身を助けんとすれば、恥(ハヂ)を
 も顧みず、財(タカラ)をも捨てて遁(ノガ)れ去るぞかし。命は人を待つものか
 は。無常の来る事は、水火(スヰクワ)の攻むるよりも速(スミヤ)かに、遁れ難き
 ものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情(ナサケ)、捨て難し
 とて捨てざらんや。 
 
 ※
 出家の決意をした人は、忘れられず、心に残ることの決着をつけずに、思い切って投
 げ捨てるべきだな。「ちょっと、これが済んだら。」、「ついでに、あれの目処をつ
 けて。」、「あのことこのこと、笑われないようにしておきたい。事の成り行きに間
 違いが起こらないよう道筋を付けておきたい。」、「長年やってきたことだから、結
 果を見届けたいんだ、さほど掛からないよ。急ぐことはないさ。」などと思っている
 と、どうしても放っておけないことが重なって、きりがなくなり、決意をする日もな
 くなってしまう。大方、人を見ていると、決意の鈍い人というのは、皆、こんな風に
 して一生を終えるんだ。
 
 近くの火事で逃げる人が、「ちょっと待って」なんて言うかい?身を守ろうとすれ
 ば、恥をかいても、財産を捨ててでも逃げるはずだ。運命は待ってくれないよ。死と
 言うのは、水火が迫るより速やかで、逃れることもできず、その時、老いた親、幼き
 子、恩のある人、人の情け、捨て難い物も捨てさせるのだから。
 
 ※
 「ご隠居はん、前段に続いて出家の心得についてですね。」
 「前段は修行の環境の話だったけれど、この段はどう?」
 「決意についてですね。わかりますよ、子供の頃、テストの時期になると、部屋の掃
 除が終わってから勉強しようとか思うあれですね。」
 「え、何?」
 「そういう経験ないですか?やらなきゃいけないけど、本当はやりたくない、逃避で
 すよ。」
 「そう?」
 「思い切って投げ捨てるべきってって事ですけど、そうじゃなくって、危機感や切迫
 感が必要だって思うのですけれど。後半の火事の話なんてまさしくその通りだと思い
 ますよ。」
2006/11/26(Sun)

第五十八段 道心あらば
 「道心(ダウシン)あらば、住む所にしもよらじ。家にあり、人に交はるとも、後世
 (ゴセ)を願はんに難かるべきかは」と言ふは、さらに、後世知らぬ人なり。げに
 は、この世をはかなみ、必ず、生死を出でんと思はんに、何の興ありてか、朝夕君
 (アサユウキミ)に仕へ、家を顧(カヘリ)みる営みのいさましからん。心は縁(エ
 ン)にひかれて移るものなれば、閑(シヅ)かならでは、道は行(ギヤウ) じ難
 し。 
 
 その器(ウツハモノ)、昔の人に及ばず、山林に入りても、餓(ウヱ)を助け、嵐を
 防(フセ)くよすがなくてはあられぬわざなれば、おのづから、世を貪(ムサボ)る
 に似たる事も、たよりにふれば、などかなからん。さればとて、「背( ソム)ける
 かひなし。さばかりならば、なじかは捨てし」など言はんは、無下( ムゲ)の事な
 り。さすがに、一度(ヒトタビ)、道に入りて世を厭(イト)はん人、たとひ望(ノ
 ゾミ)ありとも、勢(イキホヒ)ある人の貪欲(トンヨク)多きに似るべからず。紙
 の衾(フスマ)、麻の衣(コロモ)、一鉢(ヒトハチ)のまうけ、藜( アカギ)の
 羹(アツモノ)、いくばくか人の費(ツヒ)えをなさん。求むる所は得やすく、その
 心はやく足りぬべし。かたちに恥づる所もあれば、さはいへど、悪には疎く、善には
 近づく事のみぞ多き。 
 
 人と生れたらんしるしには、いかにもして世を遁(ノガ)れんことこそ、あらまほし
 けれ。偏(ヒト)へに貪る事をつとめて、菩提(ボダイ)に趣(オモム)かざらん
 は、万の畜類に変る所あるまじくや。 
 
 ※
 「信仰心さえあれば、住む所はどこでもよい。家に居て、世間で過ごそうとも、あの
 世での安楽を願うことに支障はない。」なんて言うのは、まったくあの世のことを知
 らない人の考えだ。ほんとのところ、この世を儚み、必ず、成仏しようと思うなら、
 何が面白くて、人に仕え、家のことを気に掛けたりできるのか。人は境遇によって
 様々な影響を受けるのだから、俗世から離れなければ、修行することは難しい。
 
 生命力が、昔の人ほどないのだから、山林に入っても、食事をしたり、嵐から身を守
 るものがなくては生きてゆけず、どうしたって、世をむさぼるような事も、場合によ
 っては、しなければならない。だからといって「俗世を捨てた意味がないじゃない
 か。そんなことなら、なぜ捨てたんだ。」なんて言うのは、無茶な言い草だ。なぜな
 ら、ひとたび、修行のために世を捨てた人は、たとえ欲があっても、権力者の貪欲さ
 とは比べ物にならないからだ。紙の布団、麻の衣、一杯の飯に、藜の吸い物、多少の
 費用が掛かるだけだ。求める物は簡単に手に入るし、心もすぐ満たされる。格好もみ
 すぼらしくって恥ずかしい、だけど、悪事からは遠くなり、善に近づく事の方が多く
 なるのだよ。
 
 人として生まれてきたからには、どうやって俗世から離れていくかという事が、大事
 なのだ。ただただ貪る事に現をぬかし、悟りを開こうとしないのなら、そこらの畜類
 と変わらないじゃないか。
 
 ※
 「ご隠居はん、これは信仰する宗教にもよりますよね。」
 「そうなんだけど、貪ることをよしとする宗教はないけれど。」
 「それはそうですけど、言っていることは分かりますよ。俗世に居れば修行できない
 というのは。」
 「何時ものように、兼好は批判をしているのだと考えて見るとどう?」
 「出家して頭を丸めて居ながら家族と暮らす何たら入道とか、仏門に入って法皇とな
 っても政治の世界から身を引かないあのお方とか、そんな人々を批判している。で
 も、そんな人たちはそもそも世を儚いとは思ってないのですよ。」
 
 紙の衾:藁を入れると布団になる紙でできた布団カバーのような物。麻の繊維のおか
     げで割りと丈夫だった。紙だから折畳んでカバンに入れて旅行に持っていく
     こともできたらしい。でも、粗末なのには変わりない。
 一鉢のまうけ:僧ですからきっとあの鉄の鉢でご飯も食べたのかと。
 藜の羹:藜は田野に自生する草で、ビタミンもあるそうです。
    それを具とした吸い物で、昔から粗食の代名詞。
2006/11/19(Sun)

第五十七段 人の語り出でたる歌物語の
 人の語り出でたる歌物語の、歌のわろきこそ、本意(ホイ)なけれ。少しその道知ら
 ん人は、いみじと思ひては語らじ。 
 
 すべて、いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし。 
 
 ※
 誰かが和歌について語りだしたのだけれど、取り上げた和歌の出来が悪いと、期待を
 裏切られたようで残念だ。少しでもその道に明るい人なら、その歌が良いと思ったり
 して語りださないはずだ。
 
 どんなことでも、よく知らない分野の話をするというのは、傍らで見ていても気の毒
 で、聞いていられないよ。
 
 ※
 「ご隠居はん、久々に兼好さん怒ってますよ。和歌の四天王と言われたワシに向かっ
 て、和歌について語るとは、片腹痛いわ。って。」
 「怒っていると言う事もないけれど、普通は間違っていたら注意するはず。なのにそ
 んな風もないね。」
 「ということは、相手は偉いさんなのでしょうか。」
 「そうかも知れないね。ただ、四天王と評価されるほどになるのは兼好四十歳以降と
 いう事だから、この段が書かれた頃は、なかなか認められなくて、それは世間の歌人
 どものレベルが低いから、という思いの裏返しとも取れるけれどね。」
2006/11/12(Sun)

第五十六段 久しく隔りて逢ひたる人の
 久しく隔(ヘダタ)りて逢ひたる人の、我が方にありつる事、数々に残りなく語り続
 くるこそ、あいなけれ。隔てなく馴れぬる人も、程(ホド)経て見るは、恥づかしか
 らぬかは。つぎざまの人は、あからさまに立ち出でても、今日(ケフ)ありつる事と
 て、息も継ぎあへず語り興ずるぞかし。よき人の物語するは、人あまたあれど、一人
 に向きて言ふを、おのづから、人も聞くにこそあれ、よからぬ人は、誰ともなく、あ
 またの中にうち出でて、見ることのやうに語りなせば、皆同じく笑ひのゝしる、いと
 らうがはし。をかしき事を言ひてもいたく興ぜぬと、興なき事を言ひてもよく笑ふに
 ぞ、品のほど計(ハカ)られぬべき。 
 
 人の身ざまのよし・あし、才(ザエ)ある人はその事など定め合へるに、己(オノ)
 が身をひきかけて言ひ出(イ)でたる、いとわびし。 
 
 ※
 しばらく振りで会った人の、近況ばかり、延々と語られ続ける事は、つまらないもの
 だ。どれでけ親しい人でも、時間を置いて会ったのなら、少しは遠慮をするものだ。
 品のない人は、人の輪に入って、今日あった事を、息継ぐ暇もないほど話し続ける。
 品のある人の話というのは、人が沢山居る所で、一人に向かって話していると、自然
 と、他の人たちも耳を傾けるものなのだが、品のない人は、誰というわけでもなく、
 大勢の中にしゃしゃり出て、再現するかのように仰々しく話せば、皆同じように笑い
 騒ぐので、うるさくってかなわない。いい話をしても全く興味を示さないのに、どう
 でもいいようなことを言ってはゲラゲラ笑っているのだから、品位の程が分かるって
 もんだ。
 
 人のセンスの良し悪し、頭のいい人ならそのことを評価するとき、自分を基準にして
 いる人が居たら、嫌な気分になるよね。
 
 ※
 「ご隠居はん。こういう人いますよ。人が集まると中心になりたがる人。そういう人
 の特徴がまた後半部分そのもので、他人を誉めると機嫌が悪くなるのです。きっと自
 分と比べているのでしょうね。」
 「いやにリアルな話だね。」
2006/11/05(Sun)

第五十五段 家の作りやうは
 家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑(アツ) き
 比(コロ)わろき住居(スマヒ)は、堪へ難き事なり。 
 
 深き水は、涼(スズ)しげなし。浅くて流れたる、遥(ハル)かに涼し。細かなる物
 を見るに、遣戸(ヤリド)は、蔀(シトミ)の間よりも明し。天井の高きは、冬寒
 く、燈(トモシビ)暗し。造作(ザウサク)は、用なき所を作りたる、見るも面白
 く、万(ヨロヅ)の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし。 
 
 ※
 家の造りは、夏を中心に考えるべきだ。冬は、どんな所にでも住める。暑い時期の造
 りの悪い家は、耐えることができないのだよな。
 
 深い水は、涼しく感じない。浅くて流れている方が、遥かに涼しく感じるよ。細かい
 物を見るときは、遣戸は、蔀の間よりも明るくていい。天井が高いと、冬寒いし、灯
 りも暗くなる。細工をするときは、無駄に思えるところにしておくと、見た目に面白
 く、色々役に立っていいよ、まぁ分かりきったことなんだけどね。
 
 ※
 「ご隠居はん。これも有名な段ですね。」
 「あなたの仕事に関係あるのでは。」
 「そうですね。教科書の1ページ目にも必ず載っていましたね。今でも夏をむねとす
 るのは変わっていません。昔は自然の力で涼しく出来るよう、開放的で風通しのよい
 家を建てていました。今は冷房効率を上げるために如何にして風通しをコントロール
 して、密閉度を上げるかですから、同じ夏をむねとしている家作りも、30年ほど前を
 境に、断絶が起きていますよ。だから日本には良質な住宅のストックがないのです。
 あ、すいません。語ってしまいました。」
 「はははは。」
 
 遣戸(やりど):引き戸のこと。現代の雨戸と同じイメージです。
 蔀(しとみ) :跳ね上げて開く板戸。
 
 蔀は次のURLで見るとよく分かります。
 http://www.aisf.or.jp/~jaanus/deta/s/shitomido.htm
 開いた後、庇のようになるので、室内が暗くなるのですね。
2006/10/30(Mon)

閑話
 「ご隠居はん。徒然草読み始めて1年が経ちました。」
 「ここまで読んでみての感想は。」
 「そうですね、思っていたほど、辛気臭くない。古典て言うのは、堅苦しいイメージ
 でしたので、つまらなくなって途中で止めてしまうのではないかと心配していまし
 た。でも何段かするうち、結構笑えるし、考えさせられるし、それに何より今も昔も
 人間って変わらないなぁというのがわかった、わかった途端この先に何かあるのでは
 ないかという気がして続けてこられました。」
 「何かって?」
 「それはまだよくわかりません。何かの答えなのかもしれませんが、まだなんと
 も。」
 「でも、古典に少しは親しみは持てたと。」
 「それはそうです。最初は原文を読んでも何のことなのかさっぱりわかりませんでし
 た。50段目ぐらいからなんとなくわかるるようになってきましたから。あ、わかった
 といえばもう一つ、徒然草は徒然草だけ読んでもわからない、というのもわかりまし
 た。『増鏡』や『とはずがたり』もちらちら読みながら、時代背景や登場人物につい
 ての評判、略歴も見たりしています。」
 「親しむって言うより、はまってる。」
 「うぅん、週に一度ですからまぁいいかと。まだまだ分からないことだらけですけ
 ど。」
 「例えば。」
 「兼好は、蔵人をしていたそうなんですが、一体誰の蔵人だったのかとか。大覚寺
 統、後の南朝側に悪い感情を持っているのかと思ったのですが、南朝側のスパイ説も
 あるのですよね。それと、52段の石清水に御参りした法師は、兼好ではないのかとい
 う説もある。あとは、段が年代順に並んでいないのではないかという気がするのです
 が、どうでしょう。」
 「確かに簡単に答えが出そうではないね。ところで、話は変わるけれど、序段にも書
 いている、無常観について何か思ったことは。」
 「辞書で調べると、人の世のはかなさのことのようなのですが、徒然草を読んでいる
 と、はかないというよりも、むなしいという感じがします。先程言った、今も昔も人
 間は変わっていないという部分ですが、人が生まれ、経験し、得た知識も死と共に失
 われて、新たに生まれ出た人は、同じことを繰り返す。延々と繰り返される。」
 「人間が、何代にも亘って同じことを繰り返していると言うのは無常観を感じさせる
 要素かもしれないね。さて、今度は100段越えを目指しましょう。」
 休題
2006/10/22(Sun)

第五十四段 御室にいみじき児のありけるを
 御室(オムロ)にいみじき児(チゴ)のありけるを、いかで誘ひ出(イダ)して遊ば
 んと企(タク)む法師どもありて、能(ノウ)あるあそび法師どもなどかたらひて、
 風流の破子(ワリゴ)やうの物、ねんごろにいとなみ出でて、箱風情(ハコフゼイ)
 の物にしたゝめ入れて、双(ナラビ)の岡の便(ビン)よき所に埋(ウヅ) み置き
 て、紅葉(モミヂ)散らしかけなど、思ひ寄らぬさまにして、御所へ参りて、児を
 そゝのかし出でにけり。 
 
 うれしと思ひて、こゝ・かしこ遊び廻りて、ありつる苔(コケ)のむしろに並( 
 ナ)み居て、「いたうこそ困(コウ)じにたれ」、「あはれ、紅葉(モミジ)を焼
 ( タ)かん人もがな」、「験(ゲン)あらん僧達、祈り試みられよ」など言ひしろ
 ひて、埋みつる木(コ)の下(モト)に向きて、数珠(ジユズ)おし摩(ス)り、印
 ( イン)ことことしく結び出でなどして、いらなくふるまひて、木の葉をかきのけ
 たれど、つやつや物も見えず。所の違ひたるにやとて、掘らぬ所もなく山をあされど
 も、なかりけり。埋(ウヅ)みける人を見置きて、御所へ参りたる間に盗めるなりけ
 り。法師ども、言(コト)の葉なくて、聞きにくゝいさかひ、腹立ちて帰りにけ
 り。 
 
 あまりに興あらんとする事は、必ずあいなきものなり。 
 
 ※
 仁和寺にある御所にとってもかわいい稚児が居たので、何とか誘い出して遊びたいな
 ぁと考えた法師達が、楽しい遊びを計画して、おしゃれな破子のような物を、丁寧に
 作り上げ、箱のような物に入れて、ならびヶ丘のよさそうな所へ埋めておき、上から
 紅葉なんか散らして、見つかりにくいようにしてから、御所へ行き、稚児を上手く誘
 い出したんだ。
 
 嬉しくって、あっちこち遊びまわったあと、苔のむしろに並んで座り、「あ〜お腹が
 減った。誰か紅葉を焚いてみないか。法力ある諸君、その力を見せてくれたまえ。」
 とか言い、埋めて置いた辺りに向かって、数珠を押しすり、印を結んだりして、芝居
 がかりながら、木の葉を掻き分けたけれど、埋めておいたものが見つからない。場所
 を間違えたかと、掘れる所が無くなるぐらいそこらじゅう掘り返したけれど、見つか
 らなかった。どうやら埋めているところを見られて、御所へ行っている間に盗まれた
 ようだ。法師達、話もせず、聞くに堪えないほど罵り合い、腹を立てながら帰ってい
 った。
 
 余り凝った事をすると、必ずかいのない事になるよな。
 
 ※
 「ご隠居はん、盗んだのは兼好さんと見た!」
 「まるで見てきたように書いているからねそう考えても面白いかもね。」
 「この段も含めて3段にわたって仁和寺の法師について書いていますが、かなりアホ
 なことしてますね。」
 「まぁノリとしては、男子校みたいな物かな。」
 
 破子:弁当箱
 稚児:男の子供。ここでは法師達のアイドル的存在の美少年。
2006/10/15(Sun)

第五十三段 これも仁和寺の法師
 これも仁和寺の法師、童(ワラハ)の法師にならんとする名残(ナゴリ)とて、おの
 おのあそぶ事ありけるに、酔(ヱ)ひて興に入る余り、傍(カタハラ)なる足鼎(ア
 シガナヘ)を取りて、頭(カシラ)に被(カヅ)きたれば、詰(ツマ)るやうにする
 を、鼻をおし平(ヒラ)めて顔をさし入れて、舞ひ出でたるに、満座(マンザ)興に
 入る事限りなし。 
 
 しばしかなでて後、抜かんとするに、大方抜かれず。酒宴ことさめて、いかゞはせん
 と惑ひけり。とかくすれば、頚(クビ)の廻(マハ)り欠けて、血垂(タ) り、
 たゞ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らんとすれど、たやすく割れず、
 響きて堪へ難かりければ、かなはで、すべきやうなくて、三足(ミツアシ)なる角の
 上に帷子(カタビラ)をうち掛けて、手をひき、杖をつかせて、京なる医師(クス
 シ)のがり率(ヰ)て行(ユ)きける、道すがら、人の怪しみ見る事限りなし。医師
 のもとにさし入りて、向ひゐたりけんありさま、さこそ異様 (コトヤウ)なりけ
 め。物を言ふも、くゞもり声に響きて聞えず。「かゝることは、文(フミ)にも見え
 ず、伝へたる教へもなし」と言へば、また、仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母
 (ハワ)など、枕上(ガミ)に寄りゐて泣き悲しめども、聞くらんとも覚えず。 
 
 かゝるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなど
 か生きざらん。たゞ、力を立てて引きに引き給へ」とて、藁(ワラ)のしべを廻りに
 さし入れて、かねを隔てて、頚もちぎるばかり引きたるに、耳鼻欠けうげながら抜け
 にけり。からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。 
 
 ※
 これも仁和寺の法師のお話、童が法師になる最後の思い出に、皆が集まって遊ぶこと
 があるのだけれど、興奮して調子に乗る余り、近くにあった足鼎を持ってきて、頭に
 被ろうとしたんだ、でも詰まって入らなかったので、鼻を押したりしてなんとか顔を
 入れ、その格好で舞いながら出て行ったんだ、するとみんなに大うけでとっても盛り
 上がったらしい。
 
 しばらく楽しんだ後、それを抜こうとしたけれど、全然取れない。場も興ざめしてし
 まい、どうしたものかと困ってしまったんだそうだ。あれこれしているうちに、首の
 周りが裂け、血が流れ、段々腫れてきて、息をするのも苦しくなってきたので、割る
 しかないとなったけれど、簡単に割れるどころか、響きに耐えられず、あきらめたん
 だ、他に方法もなくなったので、角のように出ている三つ足の上から布をかぶせて、
 手を引き、杖をつかせて、都に居る医者へ連れて行くことにしたのだけれど、途中、
 人から怪しそうに見られ続けたんだそうだ。
 医者のところへ行って、向かい合わせに座るその様子は、異様なものだったろう。話
 し声もくぐもり声が響いて聞こえない。「こんなことは、文献にも載っていないし、
 どうするべきか聞いたこともない。」と言われたので、また、仁和寺に帰った、親し
 い人や、老いた母親などが、枕元に寄り添って泣いて悲しんでも、聞いているのかも
 わからない。
 
 そんなことをしていると、ある者が言うには「たとえ耳鼻が削げて無くなっても、命
 だけは助けられる。何も考えず、力任せに引きに引くべきだ。」と、そこで藁の芯を
 廻りから差し込んで、隙間をつくり、首もちぎれんばかりに引いたんだ、すると耳鼻
 を削ぎながら抜くことが出来た。なんとか命は助かったけれど、長い間具合が悪かっ
 たようだよ。
 
 ※
 「ご隠居はん。途中までは笑えましたが、最後は...」
 「悲しくなった?」
 「いえ、あきれました。」
 「まぁあきれもするか。これが坊さんになろうとする人間のすることかと。」
 「でも笑えますよね。医者の前に座っている様子を想像させるあたりは最高です
 よ。」
 「でもまぁ今でもありえる話かな。」
 
 足鼎:三本の足のある鉄の釜。被る物ではない。
2006/10/01(Sun)

第五十二段 仁和寺にある法師
 仁和寺(ニンナジ)にある法師、年寄るまで石清水(イハシミヅ)を拝(ヲガ)まざ
 りければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩(カチ)より詣でけ
 り。極楽寺・高良(カウラ)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。 
 
 さて、かたへの人にあひて、「年比(トシゴロ)思ひつること、果し侍りぬ。聞きし
 にも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かあり
 けん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意(ホンイ)なれと思ひて、山までは見
 ず」とぞ言ひける。 
 
 少しのことにも、先達(センダツ)はあらまほしき事なり。 
 
 ※
 仁和寺のとある法師が、年を取るまで石清水八幡宮を拝んでいないことを、心残りに
 感じ、あるとき思い立って、一人、歩いてお参りへ出かけたんだ。そして極楽寺と高
 良明神を拝んで、これでよしと帰ってきたんだそうだ。
 
 その後、周りの人々に、「長年思っていたことを、果たすことができましたよ。聞き
 しにまさる尊さでした。でも、お参りに来ている人々が山へ登ってゆくのですが、何
 があるんでしょうか、気にはなったのですが、神へお参りすることが本来の目的でし
 たから、山までは見なかったのです。」と言ったそうだ。
 
 少しのことにも、経験者のアドバイスって必要なんだよな。
 
 ※
 「ご隠居はん、少し解説を。」
 「石清水八幡宮は、山の上にあってね、その麓に極楽寺と高良明神の二つが建ってい
 るんだ。この法師は、麓の賑わいや建物の豪華さでここが八幡宮だと勘違いしたま
 ま、知り合いにお参りしてきたよって話しているわけ。」
 「もう一度読んでみると、さらに面白さがわかりますね。人がよいというか、世間知
 らずというか。それにしても坊さんが神社にお参りしていないことが心残りっ
 て...」
 
 仁和寺:光孝天皇の勅願で起工された寺。以後門跡寺院として存続するが、この時期
     は訪れる人も少なかった模様。
 石清水八幡宮:応神天皇,神功皇后,比売神をまつっている。源氏の氏神ということ
     で、この時期幕府の後ろ楯もあってかたいそう賑わっていた。
 
 天皇が建て坊主として暮らした寺と、天皇を祭る神社。日本人の宗教観、朝廷と幕府
 の力関係、なかなか面白い段ですね。
2006/09/24(Sun)

第五十一段 亀山殿の御池に
 亀山殿(カメヤマドノ)の御池(ミイケ)に大井川の水をまかせられんとて、大井の
 土民(ドミン)に仰せて、水車(ミヅグルマ)を作らせられけり。多くの銭( ア
 シ)を給ひて、数日(スジツ)に営み出だして、掛けたりけるに、大方廻(オホカタ
 メグ)らざりければ、とかく直しけれども、終(ツヒ)に廻らで、いたづらに立てり
 けり。 
 
 さて、宇治の里人(サトビト)を召して、こしらへさせられければ、やすらかに結
 (ユ)ひて参らせたりけるが、思ふやうに廻りて、水を汲み入るゝ事めでたかりけ
 り。 
 
 万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり。 
 
 ※
 亀山殿にあるお池に大井川の水をひこうと、大井の村人に命じて、水車を作らせたそ
 うだ。多額の予算を投じて、長期に亘る工事を行い、川に掛けてみたんだけれど、ま
 ったく廻らないので、色々手を加えてみたのだけれど、ついに廻らず、意味もなく突
 っ立ったままだった。
 
 そこで、宇治の人々をお呼びになって、造らせてみたら、楽々と完成させて、思うよ
 うに廻り、水を上手く汲み上げることができたそうだ。
 
 どんなことでも、その道に通じる者は、立派なものだよな。
 
 ※
 「ご隠居はん、いつものように素直に読めば、餅は餅屋ということですね。」
 「ではこちらもいつものようにひねって読めば、世間知らずが金と権力に飽かして御
 殿の改修をしようとしたけれど上手くいかなかった。というところかな。」
 「はっきり言いますね〜。」
 
 亀山殿:後嵯峨院が造営した離宮。のち亀山天皇が仙道御所(隠居所)とした。
     だから批判しているとしたら亀山上皇のことかな?退位が1274年(25歳)、
     ここで亡くなったのが1305年(兼好22歳)だから兼好の生まれる前からの昔
     話になってしまう。なんとなく大覚寺統に含むところがあるような気がす
     るのは考えすぎかな。
2006/09/17(Sun)

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